成人式について

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こんにちは、へじんです!

 

 

 

 

 

成人式に行ってきました!

 

にしてはかなり遅い振り返り。

 

けど行ってきました!

そう、へじんは二十歳(ハタチ)なのです!

 

 

 

 

相変わらず

「へじんまだ二十歳なの?」

って言われたけど、もうこれは当分続きそう笑

 

 

 

 

 

 

そんな私の成人式は、中高の母校で行われました。

地元の小中高に通ったことがないため、地区の成人式に参加してもつまらないと思い、中高で開かれる式(?)に参加しました。

 

久しぶりに会えた友達や先生。

それよりも'みんな'で集まれたこと

それが嬉しくって、楽しかった、そんな成人式でした。

 

 

当日はチマチョゴリを着ての参加であったため、何かしらと目立ってはいましたが、みんなに「可愛い〜」とか、「素敵」と言われてウホウホでした。(チマチョゴリのこと褒めてるんだよ?)

 

 

 

 

そんな中、はれのひ事件があり、とても驚くと同時に悲しい気持ちになりました。待ちに待った成人式。楽しみにしてたのに。

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またそんな悲しい出来事がある中で、ツイッター等で残念なツイートを見て、寂しい気持ちになりました。

 

 

「スーツを着ていけばいい。」

「成人式に数十万かけた人が悪い。」

「成人式の日から大人とかおかしい。古臭い習慣はなくなるべき。」

「そんなに伝統衣装が好きなら普段から着ているはず。」

 

 

 

もちろんそれぞれの考え。

発信する自由はあるのかもしれない。

 

 

 

 けど、悲しい気持ちに寄り添うことはできるかもしれない。

待ちに待った、楽しみにしてた日。

その悲しい気持ちにまずは優しく寄り添うことはできないのかなって。

 

 

もちろん数時間のために、数十万をかけるのはおかしいのかもしれない。

古臭い習慣かもしれない。

けど私は好きなんですよね、そういう「人」らしいこと

 

 

 

 

私は成人式を「大人になる日」とは思っていません。

私よりぐんと年上なのに、ひどいことする人もいるし、逆にぐんと年下なのに尊敬するところがいっぱいな人もいます。

私自身、大人になれてる部分も、そうでない部分もあるのを熟知してる上に、少しずつ時間をかけて本当の「大人」になっていくものだと思います。

 

 

だから私が思う成人式は

 

20という区切り。

また法律的にも責任を持ち始める時。

 

「おかげさまでこれぐらい成長できました。」

「生きてこれました。」

って 

 

思いっきりお洒落して

大好きな人たちに会いに行く日

 

と捉えてます。

 

 

「ありがとう」って

「これからもよろしく」って

伝える日。

 

 

 そんな日だと思うんです。

 

別にいつでもできることかもしれない。

けどまた「伝統」という様々なストーリーが掛け合わさって一つになる時、するのに意味があるって思ったりするんです。

 

 

写真撮るのだって、せっかくみんなで集まれて、綺麗な格好してたら写真も撮りたくなるものだと思います。

だって二十歳ですよ?人生で一番綺麗な時っていうじゃないですか?

 

 

 

 伝統衣装が好きなら普段も着ればいいってことも。

 

好きだけど、非日常だからこそより楽しめることだってあると思うんです。

だって夏の花火大会が毎日あったら、その感動も、その温度も、その雰囲気全部損なわれるじゃないですか。

夏の一度の花火だからこそ、美しく、儚いんです。

 

 

 

「成人式」や「振袖」という伝統についても。

ただの日ではないと思うんです。

 

家族は成人した自分の子どもや孫を見て、過去の自分を思い出すかもしれない。

また人によっては、お母さんやお婆ちゃんの振袖を着たりします。

また今回を機に振袖を買って、これから姉妹や親戚の子、また自分の子と、一緒に着ていくかもしれない。

ストーリーが繋がり、また新たにストーリーを作っていく。

 

 

一つ一つのストーリーが重なって

一つ一つの想いが重なって

伝統も、優しさも、人という深みも

できるものではないでしょうか。

 

 

 

 私はそう思います。

 

この度私もチマチョゴリの上に'マゴジャ'という伝統衣装の上着を着ました。

 

このマゴジャは、両親が結婚する時、記念に2人で揃えたものです。その母のものを、今回私の成人式で着させてもらいました。

 

両親も私も、すごく特別な気持ちになりました。

 

嬉しいような、感慨深いような。

 

言葉にできない感情です。

そこにあるのに。

 

 

こうやって色んな感情を持つことができて、考えることができて、伝えて繋げることができるのは、「人」ならではだと思うんです。

 

だからこそ

「人」は面白く、魅力溢れる

と思うのです。

 

 

 

無駄はいらないと言います。

もちろんビジネスの場において必要なものではないかもしれません。

 

しかし私たちは働くために生きてるわけではないと思います。たくさんある生命体の中で特別に「人」として生まれてきました。

最低でも私は「人」として生きたいです。

 

 

美術を楽しんで

映画を楽しんで

音楽を楽しんで

本を楽しんで

 

こういう多種多様な表現方法が人の感情を広く・深くするものだと思います。

 

 

人らしさを出してると思います。

 

 

私は「人」らしく、

生きたいです。

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、今日はここで終わり!

またね!

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写真は成人式ではないです(*^^*)